百福ハンコ


 

百個の書体の違う《福》という文字をハンコにしてみた。

元の文字は掛け軸の毛筆文字。一文字の大きさは4cm。

かなり大きいため、完成までに1年を計画。

しかし百個押印するためには2人で3時間を要する。

押印作業が予想外で「大作」になった。

  

 

ハンコの元になる百福は、それぞれ書体が違う百個の福を書いて掛け軸にした書。

兄の手によるもので遺品。
ちらほらと汚れも気になりだしたころ、
「もう書いてくれる人はいないのだし、ハンコにしておけば・・・」と私の奥様からの天の声。
早速一辺40ミリ角の印材を51個調達して、印材の両面に一文字ずつ一年計画で彫り始めた。

 

 

 

 3つの「これはエライこっちゃ!」

約1年後、

百個目の最後の一文字を彫り終えた時「やったぜイ!」としばらくの間自己満足にひたっていると
「ところで、ハンコは押すために作るんでしょ」とまたもや天の声。
「そっか、ハンコの役目は彫ることやないわ、押すことや」と我に返る。
さて、表装用の紙を買い込んでとりあえず押してみた。
、「これはエライこっちゃ!」が3つもあることが判明。

 

まず「エライこっちゃ!」の一つ目は、印影の赤色はどぎつすぎること。
赤い100個の福の群れは異様な雰囲気で「福」のイメージには程遠い。
で、赤・紺・黒の印泥を混合し、七転八倒すること数日。
紫でもなし、チョコレート色でもなしのよくわからない色の印泥を作り上げた。
   

 

そして「これはエライこっちゃ!」の二つ目は、押しにくいこと。
ハンコは力を集中させる範囲が小さいほど押しやすいから小さい方がよい。
しかし「福」のハンコは4センチ角。デカイ。押した力が4センチ四方に分散してきれいに押せない。
片手だけではダメ、
両手でもダメ、
腕だけでは絶対ダメ、
全体重を総動員して押さねばならないことが判った。

早い話がハンコを両手で押えて腕立て伏せの格好のまま、

全体重と渾身の力を込めての10秒間。
用紙のタテに20個、ヨコ5列の計100個。
1列20個押すのに妻の助手付きでなんと30分。
本当の意味で「へとへと」の汗だく。
2列目を押す前に15分は休憩が必要。
100個押して完成までなんと3時間!


   

 

「これはエライこっちゃ!」のとどめの3つ目は、
途中で押し間違えたり押し損じた時は修正はできないということ。
あと1個で完成という時にミスをしても、泣きながらイチからやり直し。
「ふうふう」言いながら1枚を仕上げてはみたが、戦意喪失で二度と押す気はなくなってしまった。

 

 

ところが、主婦を中心とした情報網は「ス・ゴ・イ!」。
「私もほしい」という声があちこちから上がってしまった。
完成までいかに長い時間がかかるかを上品にご説明申しても、
「急ぎません。いつでもよいです」
と私が一番弱い「期待と感動」の心に押し切られ、
ならば室内運動と位置づけて10枚までは作ったが、以後受付終了とした。

 

その後一級印章彫刻士である街のハンコ屋さんと話す機会があったので、この画像をお見せした。

彼はしばらく眺めていて「この百福は20万円以上の価値がある」とボソッとのたまわれた。

価格がどうであれ販売しようという気にはなれなかった。

これを押す時の苦悩が超高速で頭をよぎって、

「販売」という文字をどこかに連れ去ってしまったのだ。

 

 


 

  左側:書の百福 右側:ハンコの百福
 1文字40mm

 

     

     書の百福 拡大   ハンコにした百福 拡大